マディ上原略歴

マディ上原(本名:上原政範)略歴

1957年 9月15日、東京都目黒区の家庭に次男として誕生(姉が一人有り)。
※小中高と地元の学校へ通う。高校時代は美術部で静物画等を描くと同時に、漫画同人誌『ANG ang』に参加し、漫画を描いていた。また、同人誌の仲間には西秋ぐりん、なんきんが居た。

1975年 明治学院大学文学部仏文科入学。
※大学在学中は新聞配達のアルバイトを続け、学費は自ら稼いでいた。しかし、後に大学は中退する。

1981年 谷岡ヤスジに師事。一年間アシスタントとして通った。

1982年 『漫画サンデー』でデビュー。同年『劇画カルメン』(蒼竜社)で四コマ漫画を連載
※当初、編集者より「マッド上原」と名付けられたがそれを拒否して、ブルースマンのマディ・ウォーターズから戴き、「マディ上原」を自らのペンネームとした。

1985年 『ガロ』5月号で「かぞくのくらし」掲載。以後、『ガロ』には「霊脳サイバネKID」「NoNoNo」を93年まで連載。

1986年 いしかわじゅんの紹介で知り合った漫画家の原律子と結婚。同年、長女誕生。
※原律子によるマディ上原との初対面時の印象は、漫画の作風同様に下品で嫌悪感を感じるものであった。
同年、『漫姦全席』(笠倉出版)発刊。

1987年 『決定判』(青林堂)発刊。

1991年 根本敬、蛭子能収、平口広美ら漫画家仲間で台湾旅行に行く。
※この後92年には香港。93年には済州島へと海外旅行に出掛けた

1992年頃 原律子と離婚。根本敬が離婚証書の保証人となった。また、この離婚証書は『お岩』の単行本の作品中に掲載されている。

1993年 根本敬とのユニット「お岩」での単行本『お岩』(青林堂)を発刊。

1996年 児童向けの絵本雑誌『おおきなポケット』(福音館書店)の12月号に、4ページの漫画「パジャマにんじゃ」を掲載。

※90年代末ごろからスーパーで働き、同僚達と「幡ヶ谷SM(ソウル・ミュージック)同好會」を結成。漫画の執筆やバンド活動を行う。
※スーパー退職後は介護ヘルパーとして働き、長編漫画の構想のラフや未発表の四コマ漫画等を描いていた。

2009年 12月17日、自宅で倒れているのを発見される。22日、脳出血で死去。享年52歳。

参考:「アックス」73号 「追悼マディ上原」

※以後、新たに判明した事がありましたら追記修正致します。

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